WINTER NOTE|坂本花織、ラストGPファイナルで示した「愛の讃歌」
ミラノ・コルティナ2026冬季五輪シーズンを最後に現役引退する意向を示している坂本花織(25)。そのラストシーズン前半のハイライトが、名古屋で行われたグランプリファイナル2025と、ひと月前のNHK杯でした。
ここでは日本女子エースの視点から、この2大会を「WINTER NOTE」として振り返ります。
SP5位からフリー1位、銅メダルへ ― 名古屋GPファイナル2025
12月6日、名古屋で行われたグランプリファイナル2025女子シングル。結果は、アリサ・リウ(アメリカ)が合計222.49点で優勝、中井亜美が220.89点で銀メダル、坂本花織が218.80点で銅メダルという顔ぶれになりました。
ショートプログラム(SP)で坂本は69.40点にとどまり5位発進。日本メディアの報道では、演技後に悔し涙を見せたとも伝えられました。それでも最終グループの一員として迎えたフリー「愛の讃歌」では、持ち前のスピードと大きなカーブを描くジャンプで攻め抜き、7本のトリプルジャンプをまとめて149.40点。女子フリー1位のスコアで表彰台まで一気に巻き返しました。
合計218.80点という数字だけを見れば、世界選手権3連覇時代の「無敵の坂本」からすると物足りなく映るかもしれません。それでも、SPのミスを引きずらず、最後のグランプリファイナルでフリー1位を奪い返した姿は、「勝ち方」を知る女王ならではの締め方だったと言えるでしょう。
GPファイナル2025 女子シングル結果(トップ6)
| 順位 | 選手 | 国 | 合計得点 |
|---|---|---|---|
| 1位 | アリサ・リウ | アメリカ | 222.49 |
| 2位 | 中井亜美 | 日本 | 220.89 |
| 3位 | 坂本花織 | 日本 | 218.80 |
| 4位 | アンバー・グレン | アメリカ | 211.50 |
| 5位 | 千葉百音 | 日本 | 210.22 |
| 6位 | 渡辺倫果 | 日本 | 207.14 |
※ISU公式リザルトおよび海外メディアの報道をもとに作成。
「Time to Say Goodbye」と「愛の讃歌」――ラストシーズンの物語
今季の坂本は、ショートに「Time to Say Goodbye」、フリーに「La vie en rose」「愛の讃歌(Hymne à l’amour)」「Non, je ne regrette rien」といったエディット・ピアフゆかりの楽曲を組み合わせたプログラムを採用しています。いずれも、ラストシーズン用に温めてきたというこだわりの選曲です。
6月には、ミラノ・コルティナ五輪を最後に競技生活を終える意向を表明。「このシーズンで区切りをつけないと、一生引退できない気がした」と笑いを交えつつも、「終わり」ではなく「次の自分への一歩」としてこの音楽を選んだと語っています。名古屋でのフリーは、そのテーマを体現するように、力強さとしなやかさが共存する滑りでした。
NHK杯2025、27点差の圧勝が示したもの
そのGPファイナルの切符を手にしたのが、11月8日に大阪・東和薬品RACTABドームで行われたNHK杯2025。坂本はショート77.05点、フリー150.13点、合計227.18点をマークし、2位のソフィア・サモデリキナ(カザフスタン/200.00点)に27点以上の大差をつけて4度目のNHK杯優勝を飾りました。女子シングルとしては今季ここまでのシーズンベストスコアでもあります。
フリーでは7本のトリプルジャンプをまとめながら、リンクを大きく使ったステップと、ピアフの世界観を丁寧に織り込んだ表現で観客を総立ちに。引退を控えたシーズンでありながら、技術・演技ともに進化を続ける「女王の現在地」を示す演技でした。
NHK杯2025 女子シングル主な結果
| 順位 | 選手 | 国 | 合計得点 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 坂本花織 | 日本 | 227.18 |
| 2位 | ソフィア・サモデリキナ | カザフスタン | 200.00 |
| 3位 | ルナ・ヘンドリックス | ベルギー | 198.97 |
| 4位 | ユ・ヨン | 韓国 | 198.82 |
※ISU公式リザルトをもとに作成。
日本女子シングルの現在地と、坂本花織の役割
世界選手権3連覇、オリンピックでの団体銀・個人銅メダル、そして複数回の全日本女王――。ここ数年の日本女子シングルは、坂本花織を中心に回ってきたと言っても過言ではありません。一方で、今回のGPファイナルで銀メダルを手にした中井亜美、昨季世界銅メダルの千葉百音、トリプルアクセルを武器とする渡辺倫果ら、次の世代も着実に力を付けています。
ミラノ・コルティナ五輪の日本女子代表枠は3つ。NHK杯とGPファイナルの流れを見る限り、坂本は依然として「中心」にいながらも、若手との距離は確実に縮まっています。その構図は、かつて自らが浅田真央や宮原知子ら先輩たちを追いかけていた頃の日本女子を、どこか思い起こさせます。
だからこそ、ラストシーズンの坂本を見るとき、単なる「偉大なチャンピオンの花道」ではなく、日本女子シングルの歴史のバトンがどのように渡されていくのか、その時間軸のなかに彼女を位置づけたくなります。
― ファン目線で楽しみたい残りの時間
坂本花織がこの先、何度リンクに立てるのかは多くありません。それでも、名古屋のフリー149.40点と大阪の227.18点が示したのは、「まだ終わらない」女王の現在形でした。ジャンプの力強さも、スケーティングの伸びも、そしてピアフの歌詞をなぞるような表現も、今がキャリアで最も充実していると言っていいかもしれません。
WINTER NOTEとしては、これからも坂本花織の一挙手一投足を、日本女子シングルの文脈とセットで追いかけていきたいと思います。ミラノのリンクで最後にどんな「一筆」を残すのか。その日まで、ファンとしてただ見届けるだけです。
