WINTER NOTE――名古屋・IGアリーナの空気が変わったのは、ひとりの22歳がリンク中央に立った瞬間だった。
“4回転の神”が名古屋で見せた、新しい4分間
2025年グランプリファイナル(12月4〜6日/名古屋・IGアリーナ)男子シングル。フリー「A Voice」でイリア・マリニン(アメリカ)は、4回転6種類7本という前代未聞の構成をすべて着氷し、フリー238.24点の世界最高得点、合計332.29点で大会3連覇を達成しました。ショートプログラム3位からの大逆転劇は、会場にいた誰もが「歴史の一場面を見た」と感じるほどの衝撃でした。
フリーでは、4回転フリップ、4回転アクセル、2本の4回転ルッツ、4回転ループ、4回転トウループ、4回転サルコウを次々に決め、終盤にはバックフリップを組み込む余裕さえ見せました。技術点も演技構成点も高く積み上げ、男子シングルのフリー世界最高得点を自ら塗り替える一夜となりました。
記者会見では「これまでで最高のスケートのひとつ」と振り返り、日本の観客の声援が後押しになったと語ったマリニン。ミラノ・コルティナ五輪シーズンを目前にして、「4回転の神(Quad God)」が、さらに異次元へ踏み込んだことを証明する演技でした。
フリー「A Voice」が描く、マリニンの物語
マリニンのフリープログラム「A Voice」は、3つの楽曲と、彼自身のナレーションを組み合わせたコンセプトプログラムです。長年タッグを組むシェイ=リーン・ボーンが振付を担当し、「14年間のスケート人生」を凝縮したような構成になっています。
ジャンプだけを見れば、歴代でも類を見ない難度です。しかし、この日の「A Voice」は、ただジャンプを積み上げただけではありませんでした。静かな導入から、クワドのラッシュ、そしてラストのバックフリップへと向かう流れの中で、リンク全体の空気がどんどん彼のストーリーに引き込まれていく――。技術と表現の両方で、男子シングルの新しい在り方を提示したといっても過言ではない演技でした。
彼は以前から「新しい要素やレイアウトを試す場としてGPファイナルを位置づけている」と話してきました。今回の7クワド構成も、“五輪シーズンのベースをどこに置くのか”を探る実験であり、同時に「自分はここまでできる」というメッセージでもあります。
日本男子2人がつかんだ手応え――鍵山優真と佐藤駿
もちろん、名古屋の夜を彩ったのはマリニンだけではありません。日本勢の鍵山優真と佐藤駿も、それぞれに大きな収穫を手にしました。
鍵山はショートプログラムで108.77点をマークし、首位スタート。フリー「トゥーランドット」でも大きな崩れなくまとめ、193.64点を獲得。合計302.41点で、ついにシニアでの300点の壁を越え、総合2位に入りました。技術的にはまだ伸びしろを残しつつ、それでも300点を超えてきた事実は、日本男子のエースとして大きな自信になったはずです。
佐藤はショート98.06点、フリーでは194.02点と高得点を叩き出し、合計292.08点で銅メダル。大舞台特有の緊張感の中で、自分の滑りを押し通せたことがなによりの収穫でした。特にフリーでは、リンクの雰囲気を自分のものにしていくような集中力の高さが印象的で、「世界の表彰台を狙える位置に来た」ことを数字でも証明してみせました。
マリニンの332.29点と、日本勢2人の300点・290点台。その差はまだ小さくはありませんが、「届かないほど遠い」わけでもない――。そんな絶妙な距離感が見えたのが、今大会の男子シングルだったと言えます。
男子シングル最終結果(ISU公式より)
ISU公式リザルトをもとに、男子シングルの最終順位を整理すると次の通りです。
| 順位 | 選手 | 国 | SP | FS | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | イリア・マリニン | アメリカ | 94.05 | 238.24 | 332.29 |
| 2 | 鍵山優真 | 日本 | 108.77 | 193.64 | 302.41 |
| 3 | 佐藤駿 | 日本 | 98.06 | 194.02 | 292.08 |
| 4 | ダニエル・グラスル | イタリア | 94.00 | 194.72 | 288.72 |
| 5 | アダム・シャオ・ヒム・ファ | フランス | – | – | 258.64 |
| 6 | ミハイル・シャイドロフ | カザフスタン | – | – | 242.19 |
※スコアはISU公式リザルト(ISU Grand Prix Final 2025 Men / 2025年12月6日付)を参照。
“あの夜”を追体験
ここからは、公式アカウントのポストで「名古屋の夜」を振り返ります。
ミラノ・コルティナへ続く“宿題”
男子シングルはついに、「7本の4回転」と「300点越えの日本勢」が同じ試合で並び立つ時代に入りました。マリニンが見せた異次元のフリーは、ミラノ・コルティナ五輪へ向けた金メダル争いのベースラインを一段引き上げたと言えるでしょう。
その一方で、鍵山優真と佐藤駿も、世界のトップと同じリンクで戦いながら、自分たちの武器がどこにあるのか、そして何を伸ばすべきかをはっきり持ち帰る大会になりました。技術、表現、メンタル――すべてを磨き続けることが求められるなかで、日本男子2人がどこまで差を詰め、そして追い越していくのか。
名古屋で見た光景は、まだプロローグにすぎません。WINTER NOTEとしては、これからも日本人選手の歩みを中心に、“4回転の神”の動向も追いかけながら、ミラノへ続く物語を追っていきます。
